はじめてのリビングラボ #3:リビングラボにまつわるよくある誤解
安岡 美佳/北欧研究所 代表
2026/01/07
リビングラボに取り組む人たちの声を聞いていると、ときどき「定義」や「見た目」の特徴ばかりが強調され、本質が誤解されてしまっていると感じることがある。リビングラボは、社会文化的な背景や状況によって姿を変える柔軟な取り組みであり、表層的な特徴だけに注目してしまうと、その根底にある重要な考え方が見えにくくなる。
そこで今回は、リビングラボに関わる人が陥りがちな誤解のうち、安岡が特に気になっているポイントを3つ取り上げたい。
リビングラボは「メソッド」なのか?
リビングラボはしばしば「メソッド」として語られる。しかし、この捉え方には注意が必要だ。メソッドと聞くと、決まったプロセスや方法論が存在し、それに従えばうまくいくという“成功のレシピ”のようなイメージを抱かせてしまうからだ。
もちろん、リビングラボをメソッドと呼ぶこと自体が完全に誤りというわけではない。ただ、私自身は「仕組み」や「哲学」として理解する方が、より本質に近いと考えている。
リビングラボのルーツの一つである北欧では、対話を重ねながら新しいモノやコトを共創し、社会課題を“自分ごと”として長期的に探究するための「土壌づくり」として捉えられている。この土壌は固定されたものではなく、環境や状況に応じて常に変化し続けるインフラのような存在だ。
リビングラボの根底には、「望ましい社会のあり方を、多様な人々とともに模索し続けるのは当然である」という姿勢がある。その背景には、社会を構成するすべての人が納得できる社会をつくるという、民主主義の思想や哲学が流れている。
つまりリビングラボとは、決められたプロセスに従えば成功する“メソッド”ではない。むしろ、より良い社会を目指して、その都度最適な方法を探り続けるための「枠組み」を提供するものなのである。
著書『はじめてのリビングラボ』には、多くの人が悩む点へのアドバイスも掲載している
リビングラボは建物のこと?
リビングラボを知ろうとする人は、まず「どこかにあるリビングラボ」を見に行きたいと思うかもしれない。その気持ちは自然だが、リビングラボは必ずしも特定の建物や部屋を指すわけではない。そして残念ながら、現地を訪れたからといって、その本質が理解できるとは限らない。
実際、私が「もっともリビングラボ的だ」と感じる場は、一見すると何の変哲もない個人宅や施設、公園、あるいはただの通りだったりする。実験室のような特別な空間でもなければ、測定装置が並んでいるわけでもないため、外から見ただけではリビングラボらしさを見つけるのは難しい。
リビングラボにおいて重要なのは、建物の有無ではなく、日常生活が営まれ、実践と試行錯誤が繰り返される「場」であるという点だ。もちろん、リビングラボと名付けられた部屋や建物があること自体を否定するわけではない。むしろ、物理的な拠点があることで人が集まりやすくなり、活動が活性化することも多い。
ただし、リビングラボは特定の建物がなければ成立しないものではない。この点を理解しておくことが、リビングラボの本質に近づく第一歩となる。
リビングラボは特定の場所ではなく、その周辺の生活空間全体が「場」となる
リビングラボは当事者のため?
リビングラボには、産官学民の多様なステイクホルダーが集まる。その中でも特に重要な参加者として繰り返し強調されるのが「当事者」だ。どのようなテーマであれ、当事者が参加しないリビングラボは成立しない。高齢者のウェルビーイングを考えるなら高齢者が、幼稚園にITシステムを導入するなら保育士や保護者が参加するのは当然である。
しかし、当事者を重視するあまり、他の参加者が軽視されてしまうようでは本末転倒だ。リビングラボでは、当事者が重要であることは間違いないが、新しいモノやコトの導入によって影響を受ける多様な利害関係者もまた欠かせない存在である。
リビングラボの核心は「共創」にある。当事者だけが満足しても、他のステイクホルダーのニーズや目的が満たされなければ、合意形成はできず、プロジェクトは長続きしない。たとえば高齢者施設で、高齢者のニーズが満たされたとしても、運営者が重視する経済的持続性が無視されたり、介護者の負担が増えるようでは、望ましい結果にはつながらない。
つまり、リビングラボは「当事者のためだけの場」ではなく、関わるすべての人が納得できる解決策を共に探る場なのである。
高齢者とのリビングラボは高齢者だけにフォーカスしてないだろうか
リビングラボの4つの柱と3つのマインドセット
私が現在関わっているリビングラボの研究プロジェクト「Living Lab Laboratory(LLL)」では、リビングラボを支える要素として4つの柱を掲げている。さらに、リビングラボに関わるすべての人に大切にしてほしい3つのマインドセットも示したい。
リビングラボの4つの柱
1. リビング(実生活の場)
リビングラボのプロジェクトは、実際の地域や都市といった生活のフィールド、あるいはそれを模した実験環境で行われる。
2. ラボ(試しながらつくる)
試行錯誤を通じて新しいモノやコトを生み出す探索的なプロセスが不可欠である。
3. 共創(マルチステークホルダーアプローチ)
市民、行政、企業、研究機関など、多様なステークホルダーが協働しながらプロジェクトを進める。
4. エンゲージメント(長期的な生活者の関与)
数か月から数年にわたる長期プロジェクトで、生活者が継続的に関与することが前提となる。
リビングラボに必要な3つのマインドセット
1. 当事者参加
社会を構成する多様な人々が参加するが、特に課題を抱える当事者の参加は欠かせない。当事者を中心に据え、関係者が集まり議論し、解決策を共に創り出す。
2. 考えが変わる場所であること
自分の課題に向き合うことで“自分ごと化”が始まり、行動を通じて創造する自信(Creative Confidence)が育まれる。自分の考えが未来につながることを実感する場となる。
3. 皆で未来をつくる場所であること
共に創ることはイノベーションの近道であり、倫理的にも重要である。多様な人々が一緒に取り組むことで、無意識のうちに弱い立場の人の声にも耳を傾けることができる。
これらの4つの柱と3つのマインドセットは、リビングラボの“哲学”ともいえる部分だ。リビングラボに取り組む際、多くの人が迷いやすいポイントや落とし穴を避けるためにも、これらの視点を持ち続けることは、実践を積み重ねるうえで大きな助けになるはずだ。
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ロスキレ大学サステナブル・デジタリゼーション 准教授/北欧研究所 代表 安岡 美佳
北欧研究所主宰/ロスキレ大学准教授/一橋大学客員研究員/株式会社メンバーズ社外取締役。専門は社会におけるITシステム。北欧におけるITシステム構築手法としての参加型デザインやリビングラボの理論と実践、それら手法の社会文化的影響に関心を持つ。