はじめてのリビングラボ #2:リビングラボの罠を乗り越えるために
木村 篤信/日本リビングラボネットワーク 代表理事
2025/12/03
いま「リビングラボ」という言葉を耳にする機会が増えている。大阪・関西万博でもコンセプトワードとして掲げられ、一般社団法人日本リビングラボネットワークにも多くの問い合わせが寄せられている。(全国各地で行っている書籍イベント“リビングラボ・トーク”(※1)にも毎回多様な人たちが参加してくれている。)しかし、こうした認知の広がりの裏側で、私たちデザイン研究者はある種の「罠」が近づいていることを知っている。
それはかつて「デザイン思考」がたどった道に似ている。5つのステップでわかりやすく整理されたデザイン思考は、多くの人にデザイン実践の扉を開いたが、一方で「手順をなぞるだけの形式的デザイン」を生み出した(※2) 。リビングラボにも同じ危険が潜んでいる。
近年、「現場で市民と対話していればリビングラボ」と誤解される例が少なくない。謝金を払って市民やユーザを呼び、ともにワークショップを行うことは、お金と時間を掛ければできる。しかし、形式的に現場でやるだけでは、リビングラボの核心——“みらいの社会をみんなでつくる”——には到達しない。
では、この罠をどう乗り越えればよいのか。そのヒントを探るために、リビングラボがどのように生まれ、どのような思想を受け継いできたのか、その系譜を見てみよう。(詳しく読みたい方は書籍「はじめてのリビングラボ」の第6章「リビングラボの歴史的系譜」をご覧いただきたい(※3))
リビングラボの3つの源流
リビングラボという方法論には、3つの異なる系譜がある。
一つめは、暮らしの現場を学びの場とするシチズンサイエンス。
1990年代に、英米で、現場で科学活動に取り組む動きが広がった。専門家が市民とともに、野外で観察や調査を行い、ともに知をつくる活動である。これは、「実験室では人の行動や自然現象を部分的にしか捉えられない」という気づきが共有されたことがきっかけとなって広まったと言われている。科学は市民の需要に応えるべきであり、市民自身が科学活動に参加しうるという考えが、のちのリビングラボに通じている。
二つめは、ユーザとともにものづくりをするユーザ中心設計。
大量生産の時代、工場の効率化が進んだ一方で、職人がユーザに直接向き合って製品をつくる関係性が失われていった。1980年代にパソコンが普及する中で、ゼロックス社パロアルト研究所では、文化人類学者とともにユーザを観察し、生活の中から設計のヒントを得る手法が生まれた。この手法が後にUXデザインやサービスデザインへと広がり、国際規格にも組み込まれた。その流れの中で、MITのウィリアム・ミッチェルは1995年に「リビングラボ」という概念を提唱し、人と技術の関係を実生活の環境で実験する「PlaceLab」を立ち上げた。
ここでは、生活そのものを実験場とし、ユーザとともにデザインする姿勢が重視された。
そして三つめは、当事者が主体的に関わる参加型デザイン。
これは1970年代の北欧で、新たなコンピュータを導入したい経営者とそれに反対する労働者との対立が起こる中で生まれた方法論である。この対立を好機ととらえて、弱い労働者の意見を汲み上げ、労働者のよりよい労働環境を作ることで、結果として、経営者にとっても利益となる状況を目指して、対話が行われた。
このような、経営者が作った仕組みに一方的に従うのではなく、労働者自身が意思決定に参加するというプロセスは、単に、使い勝手の良いITシステムを導入するためだけでなく、格差や貧困を解消して平等な社会をつくろうというとする民主化運動として実施された。
この三つめの系譜は、日本では語られることが少ないのだが、ユーザや市民(生活者)には「使うものを自らつくる」権利があるという考えは、今日の欧州のリビングラボの基盤になっている。
これら3つの系譜により、「現場で学ぶ」、「みんなとつくる」という振る舞いと、「使うものを自らつくる」という思想があることがわかる。
図1:3つの系譜からくるリビングラボの重要な要素
「形式化の罠」に陥るとき
それではここから、「リビングラボの罠」について話そう。
暮らしの現場に出ることも、市民と活動することも、形式的には簡単にできてしまう。だが、「自分たちのためにつくる」という当事者意識を欠いたまま行えば、それはリビングラボの形式的な模倣に過ぎない。
企業がユーザの声を聞いたという「アリバイ作り」として実施する。行政が市民参加を“ガス抜き”として扱う。こうした例は少なくない。
つまり、「使うものを自らつくる」という思想に基づいて、前者2つの要素「現場で学ぶ」「みんなとつくる」を活用することで、ようやく、統合性のある暮らしの現場や当事者の身体と向き合うことができ、リビングラボという方法論の効用を生み出すことができるのである。
リビングラボは誰かのために行う社会貢献ではなく、自分たちが生きる社会をよりよくするための暮らしの現場(リビング)での実験(ラボ)である。形式だけを真似しても、共創の力は生まれない。
日本におけるリビングラボ的実践
では、日本では、このような罠を超えて実践することは難しいのだろうか?
そんなことはない。リビングラボという名前は使っていなくても、社会をよりよくするための共創は日本にはある。
たとえば、徳島県神山町の取り組みは、その好例である(※4)。
NPO法人グリーンバレーを中心に行ってきた国際交流やアーティストインレジデンス。民間と行政が協働しながら行った、サテライトオフィスの誘致や「まちを将来世代につなぐプロジェクト」(※5)、神山まるごと高専など、神山には新しいコトが起こり、多様な人が活動を始めている。
「自分たちのためにつくる」という観点でも、神山の実践は魅力的だ。「フードハブ・プロジェクト」(※6)では、自分たちで育て、調理し、食べるという食の主権(Food Sovereignty)を取り戻そうとしている。「大埜地の集合住宅」(※7)では、町民や大工、行政が力を持ち寄り、まちの木材、種苗、景観も活かして、長く住み継がれる町営住宅を形づくった。城西高校神山校の寮「あゆハウス」(※8)では、寮生たちが日々の話し合いの中で、自ら食事や掃除、地域との交流などを企画し、暮らしをつくっている。
リビングラボの本質はまさにここにある。
罠を乗り越える第一歩として
事例を聞くと、リビングラボの実践に障壁を感じる人がいるかもしれない。だが、難しく考えすぎる必要はない。
自分が関わっているプロジェクトを少しずつ“リビングラボ化”することから始めればいいのである。
職場でも地域でも、いまのプロジェクトが、「自分たちのためにつくる」ことに繋がっているのかを問い直すことができる。そして、うまくいかなくなったら、一度立ち止まり、仲間とともにのんびりと振り返り、主体的に動き出せるタイミングを待てばいい(これは「問いと土壌の循環モデル」(※9)と呼ばれている)。
図2:共創における「問いと土壌の循環モデル」
また、そのような場所や機会をどのように運用するかを悩んでいる人には、リビングラボ・プラットフォームの運営の知見があるので活用いただきたい。例えば、先ほど紹介した、神山町の共創プラットフォームである「まちを将来世代につなぐプロジェクト」についてのメカニズム研究を行った知見として、連続的に共創を生み出す「森の生態系モデル」(※10)が提案されている。
図3:連続的に共創を生み出す「森の生態系モデル」
行きつ戻りつしながら、自分たちの生活をよりよくする方法を模索する——。
その往還をつうじて、読者の皆さんとともに、「みらいの社会をみんなでつくる」日本をつくっていけたらと思う。
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※4地方創生の先進事例として紹介される神山町であるが、リビングラボの国際会議でもその共創プラットフォームの価値は注目されている
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日本リビングラボネットワーク 代表理事
地域創生Coデザイン研究所 ポリフォニックパートナー
東京理科大学 客員准教授
木村 篤信
「どんな人でも可能性が引き出され、それぞれが自由になってゆく」そんな社会の実現をめざして、地域現場での市民協働プロジェクトや自治体ウェルビーイング政策の伴走、企業との共創プロジェクトに取り組んでいる。人が客体化されやすい現代日本の政策、組織規範、テクノロジーのあり方などを変えていくためには、産官学民がセクターを超えて共創(リビングラボ)して、自分たちで都市/地域をつくるアプローチが必要だと考えている。主な書籍に、「2030年の情報通信技術生活者の未来像」、「はじめてのリビングラボ」など。