ゲームによって学べるコレクティブインパクトの本質
平本 督太郎/金沢工業大学SDGs推進センター所長
2024/11/19
コレクティブインパクトゲームとは、LWC指標を用いて、街の強みや弱みを特定し、企業・自治体・市民・教育機関が連携しながら、ウェルビーイングな街の実現を目指すゲームである。このゲームでは、多様なステークホルダーがお互いの立場を理解しながらwin-win-winの状況を実現するための重要なポイントを学ぶことができる。スマートシティ・インスティテュート、東京海上日動、LODU、金沢工業大学の4者共同で製品化を行っており、今後日本全国への普及展開を目指す。
本コラムでは、ゲーミフィケーション教材の重要性、コレクティブインパクトゲームの概要、そしてゲームによって学べるコレクティブインパクトの本質について3回にわたって解説する。
そもそもコレクティブインパクトとは?
第1回でゲーミフィケーション、第2回ではコレクティブインパクトゲームについて解説してきたが、今回はゲームの名称にもなっているコレクティブインパクト自体の解説とその本質と結びついたゲームからの学びを紹介する。
コレクティブインパクトとは、ジョン・カニア氏とマーク・クラマー氏が「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー」で提唱した概念であり、「異なるセクターから集まった重要なプレイヤーたちのグループが、特定の社会課題のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメント」と定義されている。マーク・クラマー氏はマイケル E. ポーター教授と社会貢献活動のコンサルティングファームであるFSG(Foundation Strategy Group)を共同創業し、ポーター教授とともにCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の概念を提唱した人物である。
さて、このコレクティブインパクトは、LWC指標を活用した地域幸福度向上に向けた取り組みとの親和性がとても高い。地域幸福度向上が目的、コレクティブインパクトが手法、LWC指標がツール、デジタル田園都市国家構想はその動きを後押しする政策、とそれぞれの位置づけを整理しなおすと分かりやすい。
コレクティブインパクトが成立するための重要な条件は5つある。その条件と照らし合わせると、LWC指標はまさにコレクティブインパクトの創出のために、有効なツールであることが分かる。
コレクティブインパクトの5つの重要な条件とLWC指標の関係を以下の表に整理した。
| 条件 | 概要 | LWC指標との関係 |
|---|---|---|
| 1 | 集合的に問題を定義し、その解決のための共有ビジョンを描くことを通じて生み出す「共通のアジェンダ」 | LWC指標によって各地域の強み・弱みが明らかになるため、共通のビジョンが描きやすい |
| 2 | 継続的な学び・改善・アカウンタビリティにつながるような、進捗を追跡し共有するための「共通の評価・測定システム」 | LWC指標によって、地域での活動の結果が強みの強化、弱みの改善につながったかをモニタリングできる |
| 3 | 成果を最大化するために、参加者たちの多くの異なる活動を統合する「相互に補強し合う取り組み」 | 注目するLWC指標を特定することで、多くの異なる活動を統合できる |
| 4 | 信頼を構築し、新たな関係を生み出す「継続的なコミュニケーション」 | LWC指標を用いる組織・人のコミュニティが全国各地に形成されることで、継続的なコミュニケーションが促される |
| 5 | 全体の働きを連携させ調整する献身的な「バックボーン組織」 | LWC指標を用いる活動を各地で推し進める組織がバックボーン組織としての機能を担う |
Mark R.Kramer,Mark W.Pfizer, ”The Ecosystem of Shared Value”をもとに筆者作成
上記の表が示す通り、LWC指標の特徴自体がコレクティブインパクトの条件1~3を満たしている。条件4~5は、LWC指標を活用するための体制をどのように構築するのかに関わっている。また、前回・前々回と紹介してきたコレクティブインパクトゲームは、LWC指標の活用に興味・関心を促す役割を担うだけではなく、条件4を円滑に満たし、LWC指標の活用を地域幸福度向上につなげていくための有効なツールだと位置づけられる。
コレクティブインパクトの進化
さて、ここからさらにコレクティブインパクトの深堀をしながら、コレクティブインパクトゲームにより学べる本質を紹介していきたい。コレクティブインパクトが2011年に提唱された際の定義は先述したとおりだが、実は2021年に提唱者自ら定義の見直しが行われている。提唱から10年の間、世界中でコレクティブインパクトに関する試行・実証が行われてきた。新たな定義はそうした試行・実証の結果を踏まえて提唱されたものである。その新たな定義とは「コレクティブインパクトとは、集団やシステムレベルの変化を達成するために、ともに学び、連携して行動することによってエクイティの向上を目指す、コミュニティの人々と様々な組織によるネットワークである」というものである。この新たな定義では、「集団やシステムレベルの変化」や「ともに学び」といった動的な要素が含まれるようになったのと共に、「エクイティ」というキーワードが登場している。「エクイティ」は日本語で公平性と表現できる用語であり、平等を意味する「イクオリティ」と区別され用いられる。「イクオリティ」は全員を等しく扱うが、「エクイティ」は個人差を考慮し全員が選択の機会を得られるように工夫するという違いがある。すなわち、「エクイティ」では、釈迦的に弱い立場にある人々に多くリソース配分をするなどをして、社会システムの歪みを是正する。
人種差別の問題が深刻な欧米においては、「エクイティ」はとても重要な問題だと理解される。そして、日本社会でも確実に存在している問題でもある。日本においては、震災などの大きな災害に見舞われた被災地でこの「エクイティ」の問題が表面化しやすい。例えば、被災地の避難所においてジェンダー格差が生じてしまう場合があげられる。
男性が経営者や管理職を務めている割合が高い日本社会において、避難所の管理者やまとめ役を男性が務めることが多くみられる。その場合、しばしば男性が避難所生活で考える優先順位と女性が考える優先順位との不一致により問題が生じる。具体的には必要最低限の量の生理用品や、着替えや授乳のためのスペースや仕切り、心理的安全性を保つためのセキュリティ性の高い空間などのニーズがあげられる。実際、被災地支援を行う中で、上記の物資や支援に対するニーズ調査を行っても、そうしたニーズはないと断言されてしまうことがある。なぜならば、避難所の管理者やまとめ役の人が一生懸命みんなのニーズを聞き出そうとしても、当事者の人たちが声を上げられないからである。
このように、「エクイティ」の問題は人類が誰一人取り残さずに幸せになるためには、避けては通れない本質的な問題である。そして、その問題を解決するためには、「エクイティ」をコレクティブインパクトにおける本質的な課題であると認識することが重要である。そのうえで一人の人間には認知の限界があることを再認識し、多様な人から構成される推進体制を構築したうえで、その中で皆が自分には見えない視野があることを学び続けることが必要となる。
スマートシティにおいても、誰が取り残されてしまっているのかに注目するとともに、デジタルテクノロジーをうまく活用することで取り残されている人たちを包摂していく必要がある。コレクティブインパクトゲームではゲーム内でこの本質に対する気づきを得ることが出来る。
前回説明したとおり、コレクティブインパクトゲームにはレバレッジポイントが存在し、レバレッジポイントをうまく活用し、レバレッジの連鎖を起こすことが出来る。そのため、通常一回サイコロを振っただけでは1点しか得られないところ、レバレッジの連鎖を起こすと最大11点を獲得することが出来る。しかし、そういった投資効果の高い行為のみを続けていくと、その影響を受けられずに取り残されていくマス目が出てくる。ゲーム内では、もしもそれに気づくことが出来れば、様々なデジタルテクノロジーが記載された技術カードを用いて特定のマス目の地域幸福度を向上することが出来る。言い換えれば、技術カードが有する特殊効果を活用することで、プレイヤーの戦略やサイコロの運からも取り残されてしまっているマス目を救い出すことが出来る。
こうしたゲーム内での気づきや歪みを修正する活動を、実社会でどのように再現していけばよいのだろうか?是非、こうしたコレクティブインパクトの本質にかかわる議論を、ゲーム後にプレイヤー間でしてほしい。誰もが「エクイティ」の重要性に気付いている社会であれば、それだけで現状から大きな発展ができることだろう。
さて、これまで3回にわたって、コレクティブインパクトゲームについて紹介をしながら、地域幸福度向上の実現に向けたポイントについても説明してきた。ただ、開発者の一人としては、まずは気軽にこのゲームを楽しんでプレイしてほしい。人間は楽しいと思えるだけで、どんな苦難も乗り越えられる力を得ることが出来る。だからこそ、難しいことを考えずにまずは皆で思いっきりコレクティブインパクトゲームを楽しみ、はまってほしい。皆がこのゲームにはまった社会の先には、日本が世界で初めて誰一人取り残さない幸福な社会の実現をしたと世界中の人に称賛される未来が存在すると期待している。
【参考文献】
- John Kania,Mark Kramer, ”Collective Impact”, Stanford Social Innovation Review ,Winter 2011.
- Mark R.Kramer,Mark W.Pfizer, ”The Ecosystem of Shared Value”, Harvard Business Review ,October 2016.
- Michael E. Porter, Mark R.Kramer, “Creating Shared Value: How to reinvent capitalism - and unleash a wave of innovation and growth” Harvard Business Review , January–February 2011.
- John Kania,Mark Kramer他, ” Centering Equity in Collective Impact”, Stanford Social Innovation Review ,Winter 2022.
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金沢工業大学SDGs推進センター所長 平本 督太郎
経営情報学科教授。メディアデザイン博士(慶応義塾大学)。慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ アドバイザー。The World Happiness Report で有名なSDSNの日本支部であるSDSN Japanの リーダーシップカウンシルメンバー。野村総合研究所入社後、日本政府・国連と連携しMDGs/気候変動対策における官民連携政策立案などをおこない、その実績により社長賞を受賞。金沢工業大学着任後、第1回ジャパンSDGsアワード官房長官賞受賞に大きく貢献。自動車リサイクル企業会宝産業の顧問として第2回ジャパンSDGsアワード外務大臣賞受賞にも貢献。著書『10歳からの図解でわかるSDGs』は1万部を超えるヒット作に。