コレクティブインパクトゲームを用いたLWC指標活用の活性化
平本 督太郎/金沢工業大学SDGs推進センター所長
2024/09/09
コレクティブインパクトゲームとは、LWC指標を用いて、街の強みや弱みを特定し、企業・自治体・市民・教育機関が連携しながら、ウェルビーイングな街の実現を目指すゲームである。このゲームでは、多様なステークホルダーがお互いの立場を理解しながらwin-win-winの状況を実現するための重要なポイントを学ぶことができる。スマートシティ・インスティテュート、東京海上日動、LODU、金沢工業大学の4者共同で製品化を行っており、今後日本全国への普及展開を目指す。
本コラムでは、ゲーミフィケーション教材の重要性、コレクティブインパクトゲームの概要、そしてゲームによって学べるコレクティブインパクトの本質について3回にわたって解説する。
いまなぜゲーミフィケーションが注目されているのか?
昨今、教育・まちづくり・ビジネスと様々な場面でゲームが用いられるようになった。ゲームそのものを用いることはもちろんのこと、ゲームの要素だけを抽出してゲーム以外の状況に組み込むことも行われている。なぜならば、ゲームは、人々が熱中してプレイできるように、心理学や行動経済学といった様々な研究によって明らかにされた人間の変容促進の仕掛けを組み込み開発されているものだからである。人々の「やりたい!」や「やめられないほど楽しい!」というポジティブな気持ちによって、社会変容を促進する仕掛けが世界中で注目されている。危機感を煽るだけでは人々に社会変容に向けた取り組みを継続的に行ってもらうことは出来ないからである。
実際、2016年から国連が主導し全世界で達成に向けた行動が取り組まれているSDGsは、いま大きな壁に直面している。目標年である2030年に向け、折り返し地点に来たものの達成状況は良いとは言えない。国連の「The Sustainable Development Goals Report 2023: Special edition Towards a Rescue Plan for People and Planet」によれば、SDGsの評価可能な約140の目標のうち、半数が望ましい軌道から中程度または著しく逸脱している。さらに、これらのターゲットの30%以上は、進歩がみられず、さらに悪いことに、2015年のベースラインを下回っている。
出所:United Nations,”The Sustainable Development Goals Report 2023: Special edition Towards a Rescue Plan for People and Planet
国連は、同レポートにて、COVID-19のパンデミックと気候変動、生物多様性の損失および汚染という3つの危機が壊滅的な影響を持続的に及ぼしていると示している。また、これらの危機がロシアによるウクライナ侵攻によって増幅されたとも示している。
こうした理由に加えて、いま欧州を中心に問題視されているのが、気候危機などを始めとした人々の危機感を仰ぐことによって社会変容を促そうとしたこれまでのアプローチ方法である。具体的には、気候不安(Climate anxiety)という現象が問題視されている。別名、エコ不安(Eco anxiety)とも呼ばれるこの現象は、気候変動やSDGs等の地球規模課題を意識することで、人々、特に若者が現状や未来に対して慢性的に絶望や無力感を抱いてしまい、課題解決のための活動どころか、普通に生活することすらもあきらめてしまい、ふさぎ込んでいってしまう、という現象である。地球規模課題解決のための行動を後押しするために行われた人々の危機感を煽るアプローチが、結局はSDGsの達成や脱炭素の実現を大きく妨げることにつながってしまっている。こうした背景から、いま世界では人間のネガティブな感情だけではなく、ポジティブな感情にアプローチすることで、人々の行動を後押しする手法が注目され始めている。
ポジティブ感情は新たな挑戦とパートナーシップの創出を促す
人々のポジティブ感情を喚起する仕組みは、心理学や経営学においてもイノベーションを生み出すために有効だと示されている。具体的に言えば、ポジティブ感情を有していると、人々は高いゴールを設定し、やる気と自信をもって新しい取り組みに挑戦し、他者を助けたり、他者の助けを受け入れたりすることを積極的に行えるようになることがわかっている。
Schwarzらは、感情の作用に対する論文をレビューしつつ、ネガティブ感情が人々の物事に対する注意深さと対応の正確さへの意識を高め、一方でポジティブな感情が人々の遊び心と創造性を高めることを示している。
また、Saavedraらは、ポジティブ感情に触れた人ほど自己効力感が高まることを示している。自己効力感とは人がこれから起こそうとしている行動に対して「自分ならできそうだ」と思う感覚を指す。そして、自己効力感が高まると人は高いゴールを設定する傾向がある。
Stawetは、人がポジティブ感情を有することで他者を助け、他者からの協力を受容するようになると示している。したがって、ポジティブであれば、集団的な行動が取りやすくなるとともに、他者との連携が円滑になることで高い成果を生み出しやすくなるといえる。
そして、Scharzらは人がポジティブ感情を有することで、不確実性が高い状況においても新しい取り組みに挑戦しやすくなると示している。
このように, 様々な観点から、人間が大きな問題に立ち向かう、もしくは野心的な目標を達成することを目指すのであれば、ポジティブ感情をうまくコントロールすることが有効だと言える。
注意すべきことは、ポジティブ感情を喚起するには大胆な取り組みが必要だということである。現在、日本社会ではネガティブな情報があふれている。そして、ネガティブな情報は人間の心に大きな影響を及ぼす。Minerは仕事でのネガティブな出来事はポジティブな出来事が与える効果よりも約5倍強いことを企業内の心理実験を通じて示している。すなわち、ポジティブな感情による効果を生み出すためには、既存の取り組みに多少工夫を施すことでは十分ではなく、人々に強い印象を与えるような大胆な工夫による働きかけが必要になるのだと言える。
こうした観点から言えば、そもそも幸福な状態の実現を皆で描きながら、ウェルビーイングな街の実現を目指す取り組みに、ゲームというポジティブ感情をわかりやすく呼び起こすことができるツールを組み合わせることは、非常に効果があると考えられる。
ゲーミフィケーション・シリアスゲームの定義
LWC指標を用いた活動で有効活用できるゲーム「コレクティブインパクトゲーム」の具体的な内容は次回説明するとし、今回は最後にゲーミフィケーションやシリアスゲームの定義を紹介する。
まず、ゲーミフィケーションとは、ゲームそのものの利用ではなく,ゲーム以外の活動にゲームデザインの手法やゲーム要素を取り入れる手法のことを指す。すなわち、ゲーミフィケーションではゲームを用いることはない。他方で、シリアスゲームとは、「社会的な問題解決のためのゲームの開発・利用を総称する用語」と定義される。言い換えると、社会課題の解決を目指す際に活用するゲームがシリアスゲームである。
実社会において、本気で社会課題の解決を目指すときには、使えるものはすべて使う姿勢で行うことが多い。そのため、社会実装するのであれば、ゲーム自体も用いるし、ゲームの要素で使えるものがあればゲーム以外の状況にそれを組み込む方が良い。従って、金沢工業大学では、自分たちで開発し世に出すゲームをゲーミフィケーション教材と呼んでいる。ゲーミフィケーション教材は、「シリアスゲームとワークショップやゲームの要素を取り入れた授業を組み合わせることで、教育や人材育成の効果を高め、受講生の行動変容を促すことを目指す教材」と定義している。
| 用語 | 定義 |
|---|---|
| ゲーミフィケーション | ゲームそのものの利用ではなく,ゲーム以外の活動にゲームデザインの手法やゲーム要素を取り入れる手法 |
| シリアスゲーム | 社会的な問題解決のためのゲームの開発・利用を総称する用語 |
| ゲーミフィケーション教材 | シリアスゲームとワークショップやゲームの要素を取り入れた授業を組み合わせることで、教育や人材育成の効果を高め、受講生の行動変容を促すことを目指す教材 |
藤本他「シリアスゲーム」をもとに著者追記・作成
ゲームをプレイし、「ああ、楽しかった」で終わるのではなく、その中で得た学びや自分を熱中させた仕掛けを実社会に組み込む、それによってはじめてゲームを用いた活動は社会変容と強く結びつく。コレクティブインパクトゲームはまさにそうした現象を狙って開発されたゲーミフィケーション教材である。
次回のコラムでは、コレクティブインパクトゲームの具体的な内容を紹介する。
【参考文献】
- United Nations,The Sustainable Development Goals Report 2023: Special edition Towards a Rescue Plan for People and Planet,2023, pp.10.
- Norbert Schwarz,Gerald L. Clore,Mood as Information: 20 Years Later,Psychological Inquiry, Vol. 14, No. 3&4,2003,pp. 296–303
- Saavedra,R.&Earley,P.C. et al. ,Choice of Task and Goal under Conditions of General and Specific Affective Inducement. Motivation and Emotion. Vol. 15,1911,pp.45-65.
- Stawet,B.M.et al.,Employee Positive Emotion and Favorable Outcomes at the Workplace. Organization Science. Vol.5, 1994,pp.51-71.
- Scharz,N.&Clore,G.L.,Mood as Information: 20 Years Later. Psychological Inquiry. Vol.14,2003, pp.296-303.
- Miner,A.G.et al.,Experience Sampling Mood and Its Correlates at Work. Journal of Occupational and Organizational Psychology. vol.78,2005, 171-193.
- 藤本徹,池尻良平,福山佑樹,古市昌一,松隈浩之,小野憲史:シリアスゲーム, コロナ社,2024 .
- 日本ゲーミフィケーション協会,ゲーミフィケーションとは,
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金沢工業大学SDGs推進センター所長 平本 督太郎
経営情報学科教授。メディアデザイン博士(慶応義塾大学)。NHK中部地方放送番組審議会委員長、慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ アドバイザー。The World Happiness Report で有名なSDSNの日本支部であるSDSN Japanの リーダーシップカウンシルメンバー。野村総合研究所入社後、日本政府・国連と連携しMDGs/気候変動対策における官民連携政策立案などをおこない、その実績により社長賞を受賞。金沢工業大学着任後、第1回ジャパンSDGsアワード官房長官賞受賞に大きく貢献。自動車リサイクル企業会宝産業の顧問として第2回ジャパンSDGsアワード外務大臣賞受賞にも貢献。著書『10歳からの図解でわかるSDGs』は1万部を超えるヒット作に。