Blue Economy が拓くスマートシティの可能性 #1
中嶋 健人/アビームコンサルティング株式会社 UK Branch
2025/02/20
地球温暖化や海洋プラスチック問題など、海洋を取り巻く環境課題は近年深刻化しており、国際社会の喫緊の課題としても認識されている。こうした文脈の中で誕生した概念がBlue Economyである。
2024年11月にスペイン・バルセロナで開催されたSMART CITY EXPO 2024(以下、エキスポ)では、Blue Economyが主要テーマのひとつとして取り上げられた。これは、スマートシティに海洋の視点を取り入れることが不可欠であるという認識が、世界的に共有され始めていることを示唆している。
1.はじめに
本稿ではまず、Blue Economyの概要や背景を簡潔に示しながら、スマートシティと交わるポイントを整理する。続いて、今回のエキスポで注目を集めた「港湾(スマートポート)」の取り組みを中心に、港湾が「場所貸し」から「ビジネスデベロッパー」へと役割を転換しようとしている動きや、国際的なルール形成やステークホルダー連携の重要性にも触れながら、今後の展望を示したい。なお、次回は日本国内での取り組み事例や動向を中心に掘り下げる予定である。
2.Blue Economyの定義と背景
Blue Economyは、2012年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)で大きな注目を集め、その後国際社会のさまざまな場面で議論されるようになった用語である。しかし、いまだ明確に固まった定義は存在しないのが実情である。一般的には、海洋資源の経済的活用と環境保護を両立させる理念とされているが、要素として洋上風力をはじめとする再生可能エネルギーの開発、水産業や海洋観光の持続的成長、海洋生態系を守るテクノロジーなど、多様な分野を含む概念でもある。
世界規模で見た場合、海洋は世界貿易や食糧安全保障の面で大きな役割を担う一方、海洋汚染、気候変動による海面上昇といった深刻な脅威にも直面している。このような状況を受け、「開発か保護か」という二項対立ではなく持続可能な海洋利用の枠組みを築く必要性が高まっている。
これらの取り組みには、国際機関や各国政府、民間企業、NGO、学術機関など多種多様なステークホルダーが参加し、同時に国際的な協調やルール形成が不可欠とされている。
Blue Economy「海にまつわる社会課題」
出展:Offshore Tech Japan2025討議資料を基にABeam Consulting作成
3.スマートシティとBlue Economyとの接点
近年、スマートシティでは環境負荷の低減や持続的な経済成長、レジリエンス強化などの多様な課題に対して、デジタル技術や先端テクノロジーを活用する動きが加速しているのは既知のとおりである。一方、海洋においても再生可能エネルギーの活用や物流といった分野で同様の課題を抱えており、同じような視点から解決策が検討されている。このことからも都市と海洋を一体的に捉えることで、課題解決のスピードや効果をさらに高めることが期待されるのではないだろうか。
発電の例を挙げると、スマートシティの文脈では再生可能エネルギーの普及や電動モビリティの導入が先行している。なかでも洋上風力発電は欧州を中心に実装が進んでおり、世界的にも有力な再生可能エネルギーの選択肢として広く認識されている。一方で、Blue Economyの観点から見ても洋上という点で接点を持つと言える。
このように、洋上風力発電を都市に接続すること自体は「自然な選択肢」に見えるかもしれないが、Blue Economyとスマートシティそれぞれ視点から捉えると、海と都市を一体的に運営・設計する新しい可能性が浮かび上がる。脱炭素目標やレジリエンス強化という共通の課題を解決しつつ、地域社会にもメリットをもたらす点でも接点があると言えるだろう。
このように、スマートシティの先端技術とBlue Economyの発想を結びつけることで、都市と海洋が抱える課題に対して相互に補完し合う解決策を生み出すことができるのではないだろうか。脱炭素やレジリエンスの向上を軸に、海洋と都市の連携を進めながら新たな価値を創出する取り組みは、今後の持続可能な社会基盤づくりにおいて大きな可能性を秘めていると言えよう。
4.SMART CITY EXPO 2024におけるスマートポートの議論
こうした背景を受け、2024年11月にバルセロナで開催されたエキスポでは、Blue Economy が主要テーマの一つとなり、その中でも「港湾(スマートポート)」に関する取り組みが大きな注目を集めた。スペイン、ドイツ、スウェーデン、ベルギー、アメリカ、中国、韓国など、各国の主要港湾関係者が一堂に集い、先進技術やデジタル化の取り組み、環境への配慮などについて基調講演やディスカッションを行った。
海に関する多彩なテーマのうちスマートポートが特に注目された背景として、港湾が国際サプライチェーンの要衝であり、海と都市を直結する結節点として機能しているためと考えられる。世界貿易の大半が海上輸送に依存していることから、その効率性と環境負荷は国際経済と地球環境の両面に大きなインパクトを与える。スマートポート化が進めば、港湾業務を最適化できるだけでなく、陸上交通の混雑緩和やCO₂排出量の削減にも寄与するため、スマートシティの文脈でも重要視されていると言えるのではないだろうか。
今回のエキスポで議論されたスマートポートの要点としては、以下の5つが特に強調された。
脱・低炭素化
船舶の燃料転換(LNG、水素、アンモニアなど)や港湾施設での再生可能エネルギー導入といった施策が議論の中心となった。グローバルな脱炭素化目標を踏まえ、港湾でのCO₂削減策が急務だと認識されている。
デジタル活用
IoT、AI、ビッグデータ解析を駆使して貨物や船舶の状況を可視化し、ステークホルダー間で共有するデジタルプラットフォームの事例が紹介された。
業務効率化
無人運転技術を通じ、荷役作業のスピードと精度の向上を図る動きが進行中である。労働力不足やコスト高への対策となり安全性向上にも寄与する。
先端技術活用
ドローンによる施設点検など、ハイテク技術を港湾運営に取り入れるケースが紹介された。設備維持管理やセキュリティ対策の効率化が期待される。
サイバーセキュリティ
デジタル化が進むに伴い、サプライチェーン全体に対するサイバー攻撃リスクも増大している。国家経済を支える重要インフラとしての港湾を守るため、情報セキュリティ体制の強化が不可欠だと再確認された。
場所貸しからビジネスデベロッパーへ:港湾の新たな役割
従来、港湾は貨物の積み降ろしや倉庫などの「場所貸し」的な役割が中心とみなされてきた。しかし、スマートポートの概念が普及する中で、港湾当局や関連企業が積極的に新規ビジネスの誘致や開発を手掛ける「ビジネスデベロッパー」へと移行しつつあると紹介された。具体的には、港湾敷地内にスタートアップ向けのハブを設置したり、港湾データをオープン化して新サービス開発を促す取り組み、さらには地域の再生可能エネルギー計画をリードするプロジェクトなどが挙げられる。これらの動きは、港湾が地域経済の中核として機能し、雇用創出や技術革新を牽引することを目的としている。単なる「物流拠点」ではなく、産業クラスターを形成する拠点やデジタルイノベーションの源泉としてのポテンシャルに注目が集まっている。
国際的なルール形成と連携の重要性
海洋は国境を越えてつながっているため、国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際的な法・規範が整備されてきた。しかし、スマートポートや洋上風力といった新技術の領域では、統一的なルールや標準化がまだ十分に追いついていないケースも少なくない。特に燃料転換やサイバーセキュリティ分野では、国際海事機関(IMO)の主導による規制整備やガイドラインの策定が期待されている一方、各国や地域の状況に応じた柔軟な対応も求められているのが実情である。
官民連携と多国間パートナーシップ
サプライチェーンやテクノロジー環境が複雑化する中、港湾単独や自治体単独の取り組みだけでは限界がある。海運会社や陸上交通事業者、テクノロジー企業、スタートアップ、大学や研究機関など、多様なステークホルダーが官民連携・多国間パートナーシップを築くことが不可欠とされ、実際に港湾を舞台にその取り組みが進められている。エキスポのような国際的なコミュニティを通じて、各国の先進事例や標準化への取り組みが共有され、国際的なルール形成へと結び付いていくことが期待されている。
5.おわりに
Blue Economyが国際社会で注目を集めている一方、都市部においては、環境負荷の低減や持続的な経済成長、レジリエンス強化を目指すスマートシティが進化を遂げてきた。一見すると両者は異なる文脈の取り組みに映るが、2024年のエキスポでは、その接点におけるイノベーションの可能性が改めて浮き彫りになったといえる。
港湾をめぐる動き、すなわちスマートポートという概念は、こうした連携の象徴的な事例であると言えよう。港湾を単なる「場所貸し」から「ビジネスデベロッパー」へと位置づける視点は、物流の効率化や環境負荷の削減だけでなく地域経済や技術革新を包括的に進展させる潜在力を秘めている。とはいえ、海洋は国境を越えて連続しており多様な利害関係者が交錯するため、国際的なルール形成や多国間の連携が不可欠であることも再認識された。
今回の考察を通じて見えてきたのは、Blue Economyとスマートシティは共通する課題認識を多く抱えながらも、まだ十分に交わっていない領域が存在するという事実である。しかし、この「隔たり」はむしろ、海洋と都市を統合的に捉える新たな視点を育む余地が大きいとも言い換えられる。官民連携や学術研究、さらには市民参加など、多様なステークホルダーが「Blue Economy×スマートシティ」を推進することは経済成長と環境保全とを同時に叶える一つの解となるだろう。
エキスポで示された先進事例や議論の先には、既存の枠組みを超えた国際協調と革新的な取り組みが待っている。今後の研究・実践の進展は、海洋と都市の未来を形作る上で欠かせないステップとなるはずだ。本稿では主に国際的な動向や概念的な枠組みに焦点を当てたが、次回では日本国内の具体的な事例や政策動向を紹介しつつ、「Blue Economy×スマートシティ」の融合アプローチについてさらなる議論を深めたい。
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アビームコンサルティング株式会社 UK Branch 中嶋 健人
大学卒業後、総合商社に入社しグローバルサプライチェーン管理や海外事業展開に従事する中で、サステナビリティや環境負荷削減の重要性に関心を深める。そこから、スマートシティやブルーエコノミーが今後の日本にとって新たな可能性をもたらす重要領域となり得ると考えるようになる。現在は現職ではアビームコンサルティング株式会社UK Branchに所属し、欧州視点を活かして日本の技術・ノウハウをどのように活かせるかを探究。持続可能な社会の実現と新たなイノベーション創出に向けて、幅広いステークホルダーとの連携を試みている。