都市と健康#2:ゼロ次予防に関する研究について
古賀 千絵/東京大学 先端科学技術研究センター特任助教
2025/01/06
前回のコラムでは、健康の社会的決定要因という概念や、ゼロ次予防、ポピュレーションアプローチについてご紹介させていただきました。今回は、ゼロ次予防に関する国内の研究についてご紹介したいと思います。特に、筆者も参加させていただいている日本老年学的評価研究(JAGES)と呼ばれる、自立した高齢者を対象とした大規模疫学研究の研究成果を中心にご紹介させていただきます。
JAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)は、健康長寿社会をめざした予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした研究です。2019年調査には全国の25都道府県の64市町村と共同し、要介護認定を受けていない高齢者を対象に調査を行い、約25万人の高齢者に回答していただきました。全国の大学・国立研究所などの60超の機関に所属する研究者が、多面的な分析を進めています。文部科学省、厚生労働省、米国National Institute of Health(国立衛生研究所)を始めとする多数の研究助成を受けて進められています。
まず一つ目に、緑地とうつの関連についてです。Nishigaki et al. 2020の研究では、衛星画像から収集した緑地の面積割合のデータをJAGESのデータと結合し、住んでいる地域の緑地の面積割合とうつの関連について分析をしました。その結果、緑地が少ない地域に暮らす高齢者と比較した場合、緑地が多い地域に居住する高齢者ではうつのリスクが10%低いという結果が得られました。また都市部と非都市部で層別した場合、その結果は都市部において顕著にみられました(図1)。
図1
出所:Nishigaki, M., Hanazato, M., Koga, C., & Kondo, K. (2020). What Types of Greenspaces Are Associated with Depression in Urban and Rural Older Adults?: A Multilevel Cross-Sectional Study from JAGES. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(24), 9276.
さらに、歩道の面積割合と認知症の関連を検証した研究では、GIS(Geographic Information System)で算出した、地域の歩道の面積データをJAGESデータと結合し、分析しました。すると、歩道面積割合が低い地域に住む人に比べて、高い地域に住む人の認知症リスクは45%低いということが明らかとなりました。さらに、居住地域の都市度別(都会と田舎)に解析した結果、都会でのみ歩道が認知症リスクの低さと関係したということも報告されています。都会では、歩道が多く、ウォーカブルな地域に住むことが、認知症発生に予防的である可能性が示唆されました(図2)。
図2
出所:Tani Y, Hanazato M, Fujiwara T, Suzuki N, Kondo K. Neighborhood sidewalk environment and incidence of dementia in older Japanese adults: the Japan Gerontological Evaluation Study cohort. Am J Epidemiol, in press
他にも、近隣に食料品店が少ないと認知症リスク1.5倍(Tani et al. 2019)、生鮮食品の摂取少ない(Yamaguchi et al. 2019)、要介護になるリスクが1.2倍高い(Momosaki et al. 2019)、死亡リスク1.6倍(Tani et al. 2018)などさまざまなことが明らかになる中、これらすべての環境を日本の団地は保有しているのではないか。そうであれば、団地に居住する高齢者は健康なのではないかという仮説が生まれました。そしてその仮説の基、住居形態と死亡リスクの関連についても分析しました。同じ高齢者を約10年間追跡したデータを用いて分析した結果、公営賃貸住宅、いわゆる団地に居住している高齢者は、民間賃貸集合住宅に居住している高齢者と比べ28%ポイント死亡リスクが低いという結果が得られました(図3)。
図3
出所:Koga C. et al.(2024)Scientific Reports
この関連について、様々なことが考察として挙げられます。まず注目すべきは、現在のUR都市機構などによって大規模に開発された団地では、周辺環境が計画的に整備されているという点です。URによる団地は、1929年にペリーによって提唱された「近隣住区論」に影響を受けている可能性があると考えられます。この近隣住区論では、以下の6つの要素が重要だと言われています。①規模:1つの小学校を必要とする人口規模(1万人,3千世帯)、②境界:周囲は十分な幅員の幹線街路で区画、③オープンスペース:住区の需要に見合う公園・レクリエーションの用地、④住区施設用地:中央のコモン周囲に小学校・教会・コミュニティービルディング等を配置、⑤商店:人口に見合う商店群を、住区周囲の交差点近くに、近隣住区のそれと接近する形で1か所以上配置、そして⑥内部街路:街路網は、格子状パターンをやめ、将来の交通量に対応でき、住区内の動きを容易にし、かつ通過交通を排除するように計画。
図4
実際に調査対象地域の一つを見てみると、団地周辺には多くの生活に必要な施設や場所が整備され、周辺地域より緑地の面積も多いことがわかります(図4)。このようなことから、死亡リスク低下に寄与したのではないかと考察されています。これらの分析は、いずれも環境要因が健康に寄与している可能性を示したものです。しかし、もしかすると直感的にわかっていたことも多いかもしれません。特に、自然環境が健康に良いというのはわざわざ研究をしなくても分かっている、と思う方もいるでしょう。それでは、なぜ研究をするのでしょうか(ここからは筆者の主観的な考えになります)。
現在、公衆衛生領域で注目を集めている概念に「プラネタリーヘルス」というものがあります。プラネタリーヘルス(Planetary Health)とは、人間の健康と地球の健康が相互に依存しているという概念です。具体的には、地球環境(大気、水、土壌、生態系など)の健全性が人間の健康に直接的・間接的に影響を与えるということを示しています。しかし、これまで多くの都市開発が、競争原理や経済最優先の考え方の基で行われてきた、そして現在進行形で行われていると思います。その結果、30年前には考えられないような異常気象をはじめとする環境への影響が出てくることになりました。しかしこの気候変動の影響にも格差があると言われています。International Monetary Fundの報告によると、温室効果ガスをほとんど排出していない低所得国の方が、地球温暖化の影響を受ける傾向にあると推計されています(図5)。
図5
出所:https://www.imf.org/external/japanese/np/blog/2017/092717j.pdf
もはや地球規模になってしまった課題を食い止めるには、個人の努力も必要ですが、社会システムの更新も必要です。そのためには、誰かの一存でシステムを決めてしまうのではなく、妥当性のあるデータを基に政策を決定してゆく必要があります。それが未来の資源を守ることにもつながると考えています。また、時代によって変化してゆく私たちの環境と価値(ウェルビーイング)を反映したデータからなる研究が不可欠となっています。学術分野だけではなく、産官学が連携する必要性を強く感じています。
都市計画、まちづくりや公衆衛生政策は、平等(誰もが同じサポートから恩恵を受けられることが前提)になりがちです。しかし現実には、そこにアクセスできる人々に格差が生じています。この現実をデータから把握し、それをいかに公平にするシステムを構築するか。この公衆衛生とまちづくりの交わりが成熟したところに、初めて公正が生まれるのではないかと思います(図6)。
図6
出所:https://note.com/soltyy/n/n306ae43a0b38
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東京大学 先端科学技術研究センター 特任助教 古賀 千絵
千葉大学大学院医学薬学府先進予防医学共同専攻修了、博士(医学)。シャリテ医科大学(ベルリン)研究員、千葉大学予防医学センター特任研究員を得て現職。専門は社会疫学で、健康の社会的決定要因や暴力の社会的決定要因の解明を進めている。現在は、都市とウェルビーイング、暴力、ストレスの関連について研究を展開。